
くわしくは党議員団にご確認ください(市役所内線581)
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大阪狭山市長 吉田友好殿 市職員の詐取事件等に関し再発防止と不正根絶するための申し入れ
2007年10月23日 日本共産党大阪狭山市会議員団
1)真相究明に全力をつくし、全容を市民に公表できるようにすること。そして、市内部の問題としては、まず「課長印を無断で自由に扱える等の体制」は即座に改善すること。 |
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小児夜間救急医療 の毎日実施06年4月1日からスタート日本共産党市議団が1998年6月議会で始めてとりあげ要望してきた「夜間小児救急医療」は、2000年4月3日から週5日間の体制でスタートしてから6年、今年(2006年)4月1日から毎日実施となりました。日本共産党市議団は、この間、子どもの命を守る対策をを自治体が行うことは当たり前のことと主張し365日の毎日実施を要望し続けてきました。(21回の議会質問となっています) 内容は次のとおりです。休日・夜間の子ども急病(小児科)です。 対象は中学校卒業までです(耳鼻科・眼科・東部打撲など外科的処置の必要な場合は受診できません。 小児科以外の診療は、各専門病院にお問い合わせください) 休日の昼間受診の場合 (診療内容は小児内科です)富田林病院へ直接行って受診してください。受付時間: 午前は9時から11時30分まで。 午後は1時〜3時30分まで。 診療時間: 午前9時から午後4時まで。 夜間受診の場合 (診療内容は小児内科です) 午後8時から翌朝の8時までです。 まず、消防署へ必ず連絡してください 消防署から当番病院へ連絡します (連絡なしに直接行かれても受診できません) 救急の場合は119番通報で救急車での搬送になりますが、それ以外は、マイカーで直接病院へ搬送することもできます。 いずれにしても、消防署(366-0055又は119番)へ連絡をして、消防署の指示に従っていただくことになります。 二次後送病院は輪番制です
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福祉的給付金の大幅削減提案に修正案を提出し奮闘(04年12月議会)
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12月市議会に 老齢者や障害者(児)への見舞金など福祉的給付金の廃止を含む大幅な削減案が提出されました。 日本共産党市会議員団は、市提案について、@「福祉の増進並びに処遇の向上を諮る」とした福祉的給付金の目的からしても、A福祉を大事にしたいという現市政の立場からしても、市提案並びに他会派統一の修正案は、大幅削減過ぎるとの意見を述べ、きめ細かな市民への支援をおこなう施策の一つである福祉的給付金を、「バラまき福祉の見直し」などと言って削減すべきものではないと指摘し独自の修正案を提出しました。 内容は、市提案で全面廃止された遺児給付金の制度復活、そして、敬老祝い金、障害者給付金は、市提案より削減及び廃止部分を出来るだけ縮小するものです。
他党派も、「市提案のままでは受け入れられない」と修正案を提出しました。この修正案が賛成多数で可決されました。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
現行制度・市提案・他会派修正案(賛成多数で可決)・共産党修正案(賛成少数で否決) | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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循環バス |
1989年(平成元年)6月議会に池之原地域より、南海バス(福町〜金剛間)復活の陳情が提出されましたが、日本共産党市議団だけの賛成しかありませんでした。 その後、特に、バス路線のない西池尻や東野、池之原地域のみなさんから公共施設を結ぶ循環バスの要望が日本共産党市議団によせられ、1989年(平成元年)12月議会でよせられはじめて「市内循環バスの運行」として具体的な提案をおこないました。 当時の吉川市長は、1990年予算に調査委託料を計上しました。これが、きっかけとなり市民の世論になり他党も市内循環バスの実施を要望するようになりました。 その後、日本共産党は一貫して要望・提案をしてきました。2001年6月からスタートした後は、@逆周りの運行実施。A山本北児童遊園付近までの路線延長とニュータウンコミュニティーセンターへの接続。B市役所バス停への屋根設置 などを求める要望署名や市交渉、議会質問で実施をもとめました。 2003年1月から逆回り運行も実現し多くの市民に喜ばれています。 市民の世論と運動が大きな力になったものです。 その後、北幼稚園が廃園になり池尻地域の児童は、東幼稚園か東野幼稚園に通園しなければならないという状況となりました。 北小学校区の保護から、「校区から考えれば東野幼稚園に通園させることになるが、徒歩では遠すぎて子どもに負担がかかりすぎる」「通園バスを走らせるなど、何とかして欲しい」という要望が出されました。 市教育委員会は、通園バスを走らせることは財政的には無理と主張しました。 相談を受けた北村栄司市議は、「それなら、市内循環バスを利用できるよう検討すべきではないか」と提案しました。 市当局は、この提案を受けて、北と西ルートを連結して東野幼稚園に通園できるようにしました。 (もちろん、総合体育館やふれあいの里へのアクセスも便利になります) ただし、ダイエーや南大阪脳神経外科病院へアクセスしていた北村・亀の甲ルートが廃止になり、「不便になった」「もっと住民の意見を聞いてルートは作って欲しい」と市への怒りの声が上がっています。 北村栄司市議は、この市民の声を05年3月議会で取り上げ、廃止した北村・亀の甲ルートの復活を求めています。 日本共産党市会議員団は、さらに充実するためがんばります、ご意見ご要望をお寄せください。 |
●定例駅頭宣伝一覧 | ||
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松尾・北村・薦田 |
| 薦田育子 |
| 松尾 巧 | |
狭山駅 | 北村栄司 |
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